【鉄道動画】にご訪問ありがとうございます。

ただいま、ご訪問のお礼に、
『余部橋りょうのすべて』というpdfファイルを プレゼントしています。

まもなく取り壊される余部鉄橋をピックアップした、
保存版資料です。

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SL 3重連で激走

重連のSLはありましたが、

3重連は珍しいですね。

1970年頃の8mm動画なので、
ちょっと画像は汚いですが、

貴重な映像です。



余部鉄橋

余部鉄橋

余部鉄橋、見てきました!!

やはり、すごい構造物ですね。感動です。

以下は、wikipediaより。

余部鉄橋

1909年(明治42年)12月に着工、
1912年(明治45年)3月1日に開通した。

長さ 310.59 メートル、高さ 41.45 メートル、総工費 331,535 円。

11 基の橋脚、23 連の鉄桁を持つトレッスル橋である。

なお、国道178号線がこの鉄橋の下を走っている。

その独特な構造と鮮やかな朱色、また付近の情景とも相まって、
鉄道ファンのみならず、山陰地方を訪れる観光客にも人気がある。

最寄り駅である餘部駅には、その裏山に展望台が設けられており、
絶好の撮影ポイントとなっている。

朝・昼・夕と光の具合でその姿を変えるほか、
天候や四季(特に雪)によっても大きく変貌する。

夜、列車が通過する様子は、さながら銀河鉄道であり、
轟々と響き渡る通過音には趣さえ感じる。

鉄道に関する観光地としては、屈指のものといって差し支えないだろう。


寝台特急 カシオペア

寝台特急 カシオペア

1999年7月16日、「北斗星」の1往復を、
E26系客車を使用するために置き換えた列車でもある。

E26系車両は1編成しかないため、
下りは上野発火・金・日曜日、上りは札幌発月・水・土曜日のみ運行される
(ゴールデンウィークと夏季、年末年始は曜日に関らず2日に1本)。

このため、定期列車ではなく臨時列車の扱いになっている
(臨時列車の為、線路が空いている時間を縫って運行される関係上、
同区間の北斗星より表定速度が遅い。
また、速度種別も北斗星より下位(低速度)種別となっている。)。

毎年10月下旬〜12月上旬は車両の点検・整備のため運行はしない。

全車両A寝台で2人利用が前提という一般の列車よりも寝台料金が
高額であるにもかかわらず、大変人気のある列車で、
1か月前の寝台券の発売開始とほぼ同時に売り切れることも多い。

カシオペヤ座は北斗七星と同様、
北極星を見つけ出すのによく使われる星座であり、
この列車が東京〜札幌間を寝台で往復することから、
JR東日本はそれにちなんでこの愛称をつけた。

なお、この列車の構想時には
「北斗星」のグレードアップ化の構想でもあったことから、
「新北斗星」・「スーパー北斗星」の通称があった。



新幹線ガール

新幹線ガール

昨日、スペシャルドラマで放映された、新幹線ガール

●あらすじ

新幹線のパーサーになって1年目の凛子(ベッキー)は、
研修生のめぐみ(渋谷飛鳥)と一緒に「のぞみ」に乗客中。

めぐみにパーサーとしての心構えや注意点などを教えながら
きびきびと仕事をこなし、乗客に笑顔を向ける凛子。

そんな凛子も研修時代は、
講師の翠(黒谷友香)から厳しい指導を受け失敗することも多かった。

ある日凛子は、ある乗客の様子がおかしいことに気づく…



鉄道ファンとしても見逃せないドラマでした。


残念ながら新幹線ガールを見逃したあなたへ。

原作本はこちらです。
| 日記

寝台特急 富士

寝台特急 富士

2005年3月1日のダイヤ改正に伴い、使用車両等が変更された。
また、東京駅〜門司駅間は「はやぶさ」と併結運転となる。

●客車編成
列車の編成(富士/はやぶさとして運転する場合)

下り:1〜6号車・はやぶさ/7〜12号車・富士

上り:1〜6号車・富士/7〜12号車・はやぶさ

熊本運輸センターに所属する14系客車が使用される。
1・7号車:スハネフ14形又はスハネフ15形:開放式B寝台
2・8号車:オロネ15形3000番台:A個室寝台「シングルデラックス」
3・9号車:オハネ15形2000番台:B個室寝台「ソロ」
4・10号車:オハネ15形:開放式B寝台
5・11号車:オハネ15形:開放式B寝台
6・12号車:スハネフ14形又はスハネフ15形:開放式B寝台

●牽引機

東京〜下関間
JR西日本下関地域鉄道部下関車両管理室EF66形電気機関車

下関〜門司間
JR九州大分鉄道事業部大分運輸センターEF81形電気機関車

門司〜大分間
JR九州大分鉄道事業部大分運輸センターED76形電気機関車


トワイライトエクスプレス

トワイライトエクスプレス(Twilight Express) とは、
JR西日本が大阪駅〜札幌駅間で運行する臨時寝台特急列車。

東海道本線(JR京都線)・湖西線・北陸本線・信越本線・羽越本線・
奥羽本線(日本海縦貫線)・津軽線・海峡線・江差線(津軽海峡線)・
函館本線・室蘭本線・千歳線の12線区を経由し、
鉄道会社もJR西日本・JR東日本(東日本旅客鉄道)・
JR北海道(北海道旅客鉄道)を経由する。

下り列車は1,495.7kmを21時間4分かけて、
上り列車は1,508.5kmを22時間47分かけて運行する、
日本一の長距離旅客列車である。

但し当列車は臨時列車扱いのため、
定期列車のみでの最長記録は「はやぶさ」の1,315kmとなる。


ちょっと変わった視点からのトワイライトエクスプレスです。

最新!N700系新幹線

 700系を土台に、さらなる高速性と快適性、
 そして環境性能向上の両立を目指して、
 東海旅客鉄道(JR東海)と西日本旅客鉄道(JR西日本)
 および車両メーカーらによって共同開発された
 新幹線用電車である。

 開発の発表当初は「700N」と称しており、
 「N700系」は通称であったが、
 2004年5月28日に「N700系」が正式な形式名称に決定した
 と発表された。
 「N」はnew、nextなどの意味を込めたものと説明されている。  ちなみに、東日本旅客鉄道(JR東日本)では1994年以降に
 製造された新形式について数字の頭に「E」を付けているが、
 JR東海と西日本で頭にアルファベットを付けた形式はN700系
 が初めてである。
 また、日本貨物鉄道(JR貨物)でも
 2006年にM250系という頭にアルファベットを付けた形式が
 登場している。


やっぱり新幹線といえば

 0系ですね。

 1964年から1986年までの38次に亘り、東海道・山陽新幹線用車両として改良を重ねつつ、合計3,216両(16両編成に単純換算して201本分)が製造された。

 航空機に範をとった丸みのある先頭形状と、青・白塗り分けのスマートかつ愛嬌のある外観を備える。
 初期の新幹線のイメージを確立した世界的にも有名な車両であり、戦後日本の高度成長時代を象徴する存在として、人々から長く親しまれた。

 第8回(1965年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞車でもあり、日本の鉄道における史上最高の名車と評する鉄道ファンも少なくない。

 21世紀に入った時点で既に大半が廃車されており、2007年時点では山陽新幹線区間のみの運転であるが、歴史的価値が高く、映画・ドラマ撮影等で多く使われる人気車両でもある。
 そのため、将来は定期運用を完全引退してからも数編成を動態保存してイベント走行などに充てる事が発表されている。

 2001年にはイギリス・ヨークの国立鉄道博物館に先頭車1両(22-141)がJR西日本によって寄贈されている。
 これ以外には、建築限界測定車として改造を受けた車両(21-5035)が中華民国へ渡った。

 なお、「0系」と呼ばれるようになったのは東北・上越新幹線用の200系が登場後の事で、それ以前は単に「新幹線電車」(しんかんせんでんしゃ)と呼ばれていた。
 文献によっては000系と呼称していた事もある。

100系新幹線

 1964年の東海道新幹線開業から製造していた0系は、
 開業当時から運用されている車両において、
 列車同士のすれ違いで生ずる高圧空気による金属疲労が発生し、
 これにより気密構造を維持出来なくなって来た他、
 数々の経年不良が相次いで見つかった。
 初の新幹線車両であったので、
 在来線車両より早く老朽化が進行する事態は
 設計当初には予期出来なかった事である。
 日本国有鉄道(国鉄)は0系を廃車にする基準を製造後13年とし、
 古い0系を新たに製造した0系で置き換える事が数年続いた。

 0系は何度かマイナーチェンジはされているものの、
 基本となるデザイン・内装は1964年の製造当初のままで
 あった為に旅客から車両の陳腐化と映り、
 また技術が進化すると共に新幹線車両に起こりうる事象が
 ある程度把握出来た事もあり、
 100系はこれらを改善する為に、
 主に内装を中心にモデルチェンジを行い、
 1985年10月から1991年度まで合計1,056両が製造・投入された。 内装や技術面で、これ以降新製される新幹線車両に搭載される設備・技術も数多い。

 しかし、時代の高速化の波は急速に進み、
 性能的に0系と大差ないレベルの100系は高速ダイヤに対応する事が出来ず
 (特に東海道区間においては、線路容量ぎりぎりのダイヤの為、
 低速車両の混在はいわゆる平行ダイヤを組む事に繋がり、
 全体の速度を下げる結果になっていた)、
 車両自体の寿命を迎える前に大量淘汰を受ける事になってしまった。

 東海道新幹線においては2003年10月1日のダイヤ改正で
 同線内の列車を全て最高速度270km/hにすることが
 2000年5月31日に決まり、
 2003年9月16日の「ひかり309号」(東京→新大阪、G49編成)
 を最後に東海道新幹線から引退した。
 また山陽新幹線からも、
 前日の15日の「ひかり556号」(博多→新大阪、G2編成)
 を最後に16両編成は引退している。
 ただし、10月9日に代替編成としてG7編成が運用されており、
 16両編成の最後の営業運転は
 「こだま557号」(広島→博多、G7編成)となった。

 現在では、山陽新幹線において4〜6両の短編成にした上で、
 0系の最後の生き残り編成と共にこだま用車両として
 運用に就いている。


500系新幹線

 JR西日本が、自社の区間である山陽新幹線のより一層の高速化を目指して開発したもの。
 1997年に144両・全9編成が生産された。すべて16両編成で、編成記号は“W”。

 1997年より運行を開始し、山陽新幹線区間(姫路駅以西)での営業最高速度は300km/hを実現、当初新大阪駅〜博多駅を最短2時間17分で結んだ。
 高速化に伴う騒音への対策に力が注がれ、トンネル微気圧波対策のために採用された鋭い前頭部形状は見る者に強い印象を与える。このジェット戦闘機すら想起させる先頭車のデザインは子供向け絵本や玩具でも良く取り上げられ、登場より10年余り経過した2007年現在でも絶大な人気を持つ。
 ただし、航空機のような車体断面形状により居住性が犠牲になった面もあり、他形式とドア配置や定員配分が異なるため運用が制約されるなど、実用面では欠点もある。

 300km/hの高速性能と居住性の両立を目指した後継車種として、JR西日本・JR東海の両社で共同開発されるN700系車両増備後の動向が注目される。